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小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

4歳の娘のオムツから教育・子育てを考えた

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娘が二人いる

 

4歳と1歳だ

 

 

「目に入れても痛く無い」は本当だ

と言いたくなるくらい可愛い。さすがに痛い

 

 

昨日の家での様子

 

お風呂から上がると、どうもお互いの履いているものに興味を持ったようで

 

4歳の娘はオムツを

1歳の娘はパンツを履いて

ゲラゲラ笑っていた

私も妻も笑ってしまった

 

その後も服を着ることもせず、踊ってばかり

 

いつも風呂の後はこんなんだ笑

 

 

 

 

一方

 

先日、家族で親戚に会うときがあった

 

その時は、控えめに、一切ふざけることもなく礼儀正しく。

 

何かする時も「これしていい?」「食べていい?」「どうすればいい?」

 

そのギャップがすごいなと書いていてつくづく思う

 

 

 

 

 

この仕事をしていて、保護者と話していて

学校の頑張りを褒めると

 

「家ではだらしないんですけどね〜。」

「先生に見てもらいたいくらいです。」

「私が言っても全く動かなくて」

「信じられない」

 

なんてよく言われる。

 

保護者の方は、OFFを見ていて僕はONを見ているから当然だろう

 

僕はそれでいいと思っている

 

ONがなければOFFはないし、逆にOFFがなけりゃONも無い

大人だってそう、子供だってそう

 

 

尊敬する菊池省三先生が

 

「公の仮面をかぶりなさい」

 

という言葉(価値語)を使われていた

 

 

 

 

自分勝手、わがまま、自己中

 

そんなことを言われる人や子供はきっと「私」の方が強く

「公」に対する態度が育っていないんだろう

 

だから教育者は「公」とは何ぞやをきちんと教えてあげなくてはいけないんだろう

挨拶・礼儀・マナー・思いやり、規律etc

 

 

自分も含めたお父さんお母さんたちへ

 

「私」を十分受け入れてあげてほしい

小学校では「私」を受け入れることができない

だから十分甘えられる、自分を出せる、受け入れてもらえる「私」な場で家はあってほしい

そこで蓄えた力を「公」で発揮することができる

 

ただ、一つ注意してほしいのは「公」を見据えた「私」であること

なんでもかんでも許してはならない

 

 

 

 

 

なんてことを言うのは

 

オムツを履いたまま寝る4歳の娘を叱責もせずに寝かしてしまうバカ親でした

 

(1歳の娘のパンツはさすがに脱がせた)