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小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

記録の価値、記録の勝ち

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日曜日、勉強会に行ってきた

 

 

 

 

自分の原点とは?

その教育実践の原点は?

どんな思いで始めた?

どんな風になりたい?

どんなクラスにしていきたい?

どんな先生を目指す?

 

 

 

そういったことを直接的・間接的に問われた。

 

 

 

答えあぐねた

 

 

 

今の自分は

目の前の作業にばかり疲弊し

その原点となる思いや考えから遠ざかっていた。

 

 

始めるときは「こうしたい!」と強い思いを持ってやるのに

だんだんそれが見えなくなって、他のことに時間も労力も奪われ、最初の思いがあったことさえも思い出せないでいるようになってしまう

 

自分の実践の中でそんな経験何回もあった

この仕事だってそうかもしれない

 

「教師になりたい!」と願っていた時の気持ちや感情と

今の現実をみるととても乖離しているだろう

 

 

 

原点・原体験をいつまでも胸に行動ができたら、きっと情熱は続く

本当に原の底からの情熱や思いで使命感を持ってできるなら可能だろう

もしくは、それを持ち続けられる人がカリスマと言われるのかもしれない

 

だけど、それはなかなか難しい。

だったらどうする?

 

 

 

 

 

 

 

 

記録するしかない。

 

 

 

 

 

 

その時の思いや感情、考え、仮説を記録にとどめまた見返すしかない。

それが原体験に帰るということ。

 

 

 

原点を思い出したい時に、記録があるとそれが確認出来る。

ブログでもいい、ワード・エクセルでもいい、FBでもいい、日記でもいい、Evernoteでもいい。

何かに記録しよう

今すぐには価値を感じなくても、それが何ヶ月後、何年後かに必ずそこに戻ってくるから。

 

私は今回の件で見返したのは、半年以上前のFBの投稿だった

 

 

このブログも必ず帰ってくるだろう。

 

 

 

鮭は卵からかえった川に帰ってくるように。