小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

鯛と岩瀬先生

遅かれ早かれ、どんな内容であれ「学びたい」「◯◯したい」「◯◯になりたい」と思う時ってくるはず

 

 

私は

小学校でサッカーやっていた時は、「リフティングがうまくなりたい」

中学校で勉強ができるようになった時は「もっとできるようになりたい」

野球を始めた時は、「もっと打てるようになりたい」

ラグビーを始めた時は「スクリューパスが投げられるようになりたい」

「みんなから信頼されるプレーヤーになりたい」 「強い体を手に入れたい」

大学受験では「志望校に受かりたい」

教員採用試験では「試験に受かりたい!」

先生になってからは「面白い授業ができるようになりたい」 

「信頼される先生になりたい!」 「◯◯先生みたいに魅力的な先生になりたい」

 

 

いろいろな「タイ」がいた

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あなたの今までの「タイ」は決して私と同じではないだろうし、今抱えている「タイ」だって絶対に同じではないはず

 

 

それぞれの「タイ」を求めていくことが探求だろう。

学校の教科という枠組みの中でも、自分の学習し「タイ」を定め、自分の学びをプロデュースできる力を付けていけたら、社会人になっても学び続ける人に育っていくのではないかと思う。そうしたら生涯学び続けられる人になれる

 

この力がなければ、「〜〜したい」と思っても諦めることになってしまうだろう。そんな人生は希望に溢れていると言えるだろうか。言えないと思う。

 

 

 

 

 

 

最近自分の中でこういった、主体性や自主性、探求型学習、『学び合い』などがホットなワードになっている。

 

 

なんでだろうか?

 

 

一番影響を受けているのは岩瀬直樹先生

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最近は学校を作ることを正式に発表した

iwasen.hatenablog.com

 

 

 

 

だけどそれだけじゃないなと考え始めた。

 

昨日ふと自分の今までの過去を振り返っていたら、これに通じる経験があったことに気がついた。

 

中学校時代。

自分は中学校の先生たちの素敵さに憧れて先生を志すようになったんだけど。

どんなところが良かったかというと、「任せてくれたこと」。

学級委員や、文化祭の実行委員長みたいなことをやらせてもらえた時に、その担当の先生がこちらを信頼してくれて尊重してくれてやらせてくれた。そのワクワク感や充実感はとても濃くて、あの時の経験ってとても今に生きている。

 

高校時代。

ラグビー部の監督はコーチ留学したことのある熱心な方。ただその指導方針に自分たちの代は反旗を翻した。「自分たちでチーム作りをしたい」「自分たちで練習を作っていきたい」と申し出た。自由な校風の学校だったから許されたのかもしれないけど、普通ならありえない。それを受け入れてくれた監督が1年後の大一番の試合の前のロッカールームで「俺は何もしてない。お前たちが作ってきたチームだ。行ってこい」と鼓舞してくれた。その瞬間、ここまで受け入れて支えてくれたこの先生のために勝ちたいと心から思い、涙が溢れた。

 

浪人時代

高額なお金を出して予備校に行かせてくれて、家では一切何も勉強しない息子を、信じて見守ってくれた両親。受かった後に「本当に勉強してると心配した」という話を聞いた。でも何も言われなかった。それが嬉しかったし、任せてもらっているんだということがわかった。

 

 

自分の中にも、オーナーシップを委ねられてきた経験があるから、岩瀬先生の言葉や実践が響くんだろうし、自分もこうなりたい・子供達にこうして育てていきたいと思えるんだろうな。

 

 

そんなことに気がついた昨日だった。

 

やっぱり目指したいのはそこなんだな。