小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

自分って弱い。だから・・・【何かを続けるコツ】

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今、僕は1年間に大きな実践を1つ新しく導入している

 

 

一昨年はほめ言葉のシャワー

先日ブログでも紹介した菊池省三先生の実践を自分なりにアレンジしながら行っている。

www.kesuke03.xyz

 

昨年は「笑」 授業の中にどんな笑を入れていくと効果的かという実践・検証を行った。試行錯誤しながらも、大切なものが見えた1年間だった。

 

 

今年は、3原則

子供に示して指導を続けるため、一貫性を持たせるために取り組んでいる。

 

かの有名な教育法則化運動(現在TOSS)で、始めの三日間(黄金の三日間と呼ばれる)で教師が示すいわば「叱るライン」だ。

有名なのがこれ。

①あたりまえのことをあたりまえにしないとき(集団のルールを守らないとき、時間を守らない、仕事をしない、授業中の無駄話、手紙を回す)
②人を不幸にしようとするとき
(いじめ、なかまはずし、一人狙いの鬼ごっこ、集団陰口、勉強やスポーツが苦手な人を馬鹿にする、一生懸命している人を馬鹿にする)
③命にかかわる危険なことをした時(プロレスごっこ、ろうかを走る、ベランダでる)

http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/9044

これらを守らないことがあった時は叱ります。というものを示すもの。

 

他にもこんなものも。

先生は,この一年間二つのことを言い続けます。
 一つは,学校は勉強するところだ,ということ。
 勉強してかしこくなる。りっぱな大人になって,世の中の役に立つ,日本を支えていける人間にならなければいけません。学校はそのためにあるのです。
 もう一つは,みんなは仲良くなるんだ,ということ。
 大勢で一緒に勉強するということは,一人ぼっちで家で勉強することとはちがいます。たくさんの友達の考えを聞いたり,たくさんの友達と考えたりするからこそ,みんなはいっぱいかしこくなれるのです。だから,学校のみんなと仲良くすることが大切です。

http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/9863

「これが価値尺度ですよ」と示すもの。褒めるときにも叱るときにも使えるもの。

僕は下の方の考えに近い。

 

僕の3原則は

①自分を大切にすること

②人を大切にして安心できるクラスを作ること

③一番と誇れるクラスを作ること

 

この3つで行っている。自分・他者・集団の要素を入れた形で、3原則を作った。

これらは自分を徹底的に見つめ、何を大切にしているのかを考えた上で作った。

 

それを元に4月からどんな指導をしていくといいのか、どんな変容があるのかを記録に取り続けてきた。

 

という実践を今年はしているのだが。。。

 

 

それが先月パタリと止まった。

正確に言えば、止めた。

全てのやる気がなくなり、書けなくなった。やりたくなくなった。

そのまま1ヶ月放置していた。。。

 

心のどこかで「やらなきゃな」と思うんだけれど踏み出せない。

「やったほうがいい」とわかっていても行動に移さない。

「やりたい」という気持ちはあると自分に言い聞かせて、言い訳している。

 

自分の弱さが露呈した。

自分の意思の弱さ、続けられない情けなさを感じながらも現状を変えられない。

 

 

 

 

そんなとき、僕に一年間(2年間)伴走をしてくれている方から連絡が。

この1ヶ月のことをありったけ話す。全て受け止めてくれる。

それを話していると、何だかその伴走者の方に申し訳なってきた。

今までの努力やサポートを無にしていた自分がそこにいたから。

 

だからもう一度自分は、奮起することができた。

その人のためにも、自分のためにも。今までやってきた自分に対しても。

 

これが自分一人だったら続いていただろうか。

答えはNO

そのまま、奮起する機会もないまましぼんでいっただろう。

 

 

何かを続けるときは、だれか一緒に歩んでくれる伴走者がいることが大切。

自分はとても弱いもので、その人のために考えたりまとめたり発表したりすることで、自分の意思を保てることができる。

 

何かを始める時に、その伴走者を一緒に設定してから始めると強い。

友人から、他律的自律という言葉を教えてもらったが、まさにこれ。

 

一緒に頑張れる誰かを探していくことが、何かをし続けるためのコツ。

 

そんなことを感じた昨日だった。

 

これって子供の学びにおいてもそう違わないだろうな〜

誰かに発表したり、見せたりする時って頑張るもんな〜