小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

人と会う。人と合う。【教え子から学んだこと】

春休みはいろいろな方と会うことが自分のテーマ

 

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それぞれの人たちと出会う中でたくさんの学びをいただいた。

 

昨日も会ってきた。

 

初任の時の教え子たちに。

初めて送り出した卒業生たちに。

 

前の学校では、タグラグビーチームを作っていて。

その子たちと一緒にタグラグビー。

部活や遊びで忙しい高校生たちが集まって、タグラグビーをする

その時間を共有するだけで、この上ない幸せ

 

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教師にとってこの上ない幸せな時間をくれた

その中の一人の子がこんなこと言ってくれた

 

「ふたせんみたいな先生と出会えて良かったなってすごい思った。」

 

こんなことを言ってくれるなんて。

教師冥利に尽きる。

喜びにジワーと浸った。

 

 

だけど、この言葉からちょっと考えた。

 

これってこの子が出会った何人もの先生、全員に思っているのだろうか。

 

いや絶対にそんなことはない。

きっとその子の価値観だったり、言葉だったり、思いだったり、考えだったり、どこかでフィットするものがあったのだろう。

 

昨日来てくれた子全員が、自分にそういう思いを抱いたかというとそういうわけではないだろう。でも少しは思ってくれているかな。

 

だけど。

私が、今まで担任として受け持たせてもらった子たちは何百人といるが、「ふたせん」にフィットするのなんて極わずか一部なんだよな。

自分もそうだったけれど、わざわざ会いに行きたい先生は一人か二人かな。

 

だから全員を自分に惹きつけようとか、おこがましいなと思っていて。

合う合わないは絶対にあって。

自分が担任なことを耐えている子もいれば、自分が担任なことで生きている子もいる。

 

何が言いたいかと言うと

「誰か一人でも『恩師』と思える、フィットした人に出会って欲しい」

そんな感覚かな。

 

その「恩師」に自分がなれたらそれは嬉しいんだけれど。

でも自分じゃなくてもいい。誰か一人でもその子の心の中に残る先生がいて欲しい。

 

そうしたら、互いに幸せな気持ちを味わえると思うから。

その子が。

 

やっぱり人と会うっていいな。

人と合うってのもいいな。

たくさんの人に会う中で、合う人を見つけていこう。

 

ありがとう。

出会いって自分を広げてくれるな。

エネルギーをもらった。