小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

小学校の校庭で見た野球の練習 【ディスパワーからエンパワーへ】

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昨日は娘たちと、地域の小学校へ

 

学校開放を利用し、小学校の遊具でたくさん遊ぶ

 

公園などと違って利用する人も少なく、たくさんの遊具がある

 

年長の長女にとっては、小学校を身近に感じれるチャンス

 

父の私にとっては、娘が来年から通う小学校の雰囲気がしれたり。

 

なかなかオススメの場所、小学校の校庭。

 

 

そこで、

 

いつものように少年野球のチームが練習をしていた

 

5・6年生のチームだろうか。本格的な練習をしていた。

2塁ランナーからのエンドラン、3塁からのスクイズの練習をしていた。

 

この時点でレベル高いな〜と感じていた。

 

改めて野球って、判断の多いスポーツで、その判断のミスがかなり結果に作用する。中学校時代やっていたんだけど、自分にはできないなあと思った。

 

ランナーの判断、バッターの判断、守備の判断、カバーする人の判断。

どれもすごい難しいなと練習を見ていて思った。

 

今日はそれが一番言いたいのではなくて、

その練習の様子。

 

コーチ陣(おそらくお父さんたち)の言葉の数々。

「どうしてそうするんだよ〜」

「練習にならないぞそれじゃあ」

「明日試合だぞ〜大丈夫なのかよ」

「おいおいおい〜!ちゃんとやれよ!」

「何やってんだよ!」

「やる気ないなら帰れよ!」

 

娘と鉄棒をしていて、隣で聞いていて胸が痛くなりました。

これらの言葉ってどうにかならないのだろうか?

これらの言葉ってディスパワーする言葉で、

そうではなくてエンパワーする言葉を使えたら子供達はより、練習を楽しめたり野球を好きになったり、明日の試合が楽しみになったりしないのだろうか。

 

練習は厳しくてなんぼでしょ!?

 

そんな声があるのかもしれないけれど。だけどこういう言葉を使う必要ってない。

指導するのであれば、より具体的な言葉で、方向付ける言葉であってほしい。

 

「何やってるんだよ」

それはただの否定で、その子の自己肯定感を下げるしかない言葉。

 

→例えば「今のはどうしたらいいんだろう?」

その子に考えさせる余地を産ませられたら、より自主的・主体的な態度を育てられるのではないかな。その問いで詰めていけば厳しさは担保できるのでは?

厳しさって、ただ人を蔑む言葉を言えば言い訳ではない。

子供達はその言葉を言えば、恐怖心からいうことを聞くだろう。

だけどそれは厳しさではない。

 

 

 

どうかこういうコーチ陣が前向きな、エンパワーする言葉を使える人が一人でも増えてほしいと思った。

 

 

と同時に、子供達の前にたつ自分はどうか?という問いを持ち続けなくてはいけないと気持ちを新たにした。

自分の言葉、子供達をディスパワーしていないだろうか。

問い続けよう。自分に。