小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

先生にもいろんな人がいる 【先生の多様性】

昨日はプールに向けた準備をした

 

運動会が終わり、体力テストが終わると今度はプール

次から次へとやってくる

1学期は休む暇などないなあ

 

 

 

 

話を戻すと、プールの準備をした。

色々なものを出したり、機械を作動させたり、使い方を確認したりと1時間以上仕事を行った。

その中でこんなことを考えた。

 

「先生にもいろんな人がいるな」と。

 

 

 

昨日は、

 

プールの準備も約1時間かけて終わり、お疲れ様でした〜となった時に

 

ベテランの男性先生が、プチドッキリを始めた

いきなり若手を騙して、水をかけ始めた。

それに連なるようにして、若手を中心に水をかけ合い出したり、プールに落とそうとしたりのふざけ合いが始まった。

 

ワキャワキャやる先生たち

その横で、絶対そういうのには入らない先生たち

 

それを見ていて、何だかクラスの中の子供達を思い出してしまった。

 

自分の時もそうだったけれど

30人もいれば、ノリのいい子もいるし、落ち着いている子もいる。

おとなし目の子もいれば、元気で叱られてばかりの子もいる。

 

職員室に当てはめた時にも、そういう配置というか割合というか、それってあるんだなと思った。

いろんな先生がいる。

だから一人の先生にずっと教えてもらうのではなくて、いろんな先生に見てもらうことが大切なんだと思ってる。

 

 

前にもこんな記事を書いたが。

www.kesuke03.xyz

 

 

そもそも論として、自分と違う人を紹介しているけれど、それも一つの偏見だなと最近よく思う。

人それぞれには、自分なりの「普通」がある。
それらを擦り合わせたものが「常識」である。

だけど、その「常識」って、実は全部が全部一般的に通じるものではない。

人によっても「常識」の捉え方は違う。

 

アインシュタインの名言にもこんな言葉がある。

http://www.fesh.jp/img/utterer/19_thumbnail.jpg

Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.
(常識とは、18才までに得た偏見のコレクションである。)

 

自分も周りから見たら「変わっている」んだろうな。と。

確かに変人だ、ストイックだし、だけど大雑把だし。

 

 

自分は自分

周りの人は自分と違って当たり前

みんなそれぞれの人生があって、自分を形成しているのだから。

だから自分を客観視し、そして周りの多様性を認めて行くことって大切なんだな。

きっと自分を客観視して行くことで、他者にも寛容になれたりするのだろうな。

だからメタ認知ってやっぱり大切だと思った。

 

www.kesuke03.xyz

 

 

さて今日は、朝からガストでMTG
楽しみ楽しみ!!

夕方はバレーボールの試合!
楽しみ楽しみ楽しみ!!

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