小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

モヤモヤを楽しもうぞ 【一緒にモヤモヤできるってハッピー】

昨日は DAncing Future Learner#7でした。今日は小学校の特別支援学級の先生、中学校の英語の先生に発表いただきました。今回は、先生数名だけでなく、大手企業、臨床発達心理士、経営者、保護者(小・中1名ずつ)、小学生1名と実に多様なメンバーで、また多くの学びがありました。今回は教師と社会人が半分ずつで学び合う場となりました。

 

その中で、学んだことをシェアさせてもらいます。

 

【教師はインフルエンサー】

 今ハマっている著者に藤原和博さんがいる。藤原さんは、今学習指導要領の改定の根本の部分を作られた方なんじゃないかと思うんだけれど、これからの不確定な世の中に向けて子供たちをどのように育てていったらいいのかと言う話をよく目にする。教師の世界では今、「主体的で、対話的な、深い学び」が流行語大賞1位だけれど、それがどんな姿かを具体的に示してくれる方だ。これからの学校や、教師のあり方を考えさせられる超オススメの人。

 その人が、こんな問いを講演で出されていたのをYoutubeで見た。

 

「機械化、AIが進化していくこれからの社会。授業も映像やインターネットを使ったものになっていくだろう。その時に、教師がは必要だとする主張をするときの理由は?」

なんだと思いますか??

 

藤原さんは「インフルエンサー」であることだと仰っていました。インフルエンザではありません。

何かと言うと、いい影響をその場にもたらす人だと。それはどんなにICTが進んでも、人工知能が進んでも、教師の役割として変わっていかないところだと。

 

それを昨日の会で思い出さずにはいられなかった。私たち教師は「インフルエンサー」であることを自覚し、より良い方向に進むよう努力を続けることが何よりも必要な能力なのではないかと考える。

尊敬する岩瀬直樹先生も「教師が学び手であり続ける」と言うことを大切にされていたのはこう言うことなんだろうと、自分の中でまた一つの紐付けができたように思った。

 

昨日の発表の中で、社会人の方から見たら違和感が強いと言う指摘を受けたことがあった。それを受けて「自分を常に変えられる教師」になるのか、そのまま聞く耳を持たずに「受け入れられない教師」になるのか、その姿が与える子供への影響ってきっと大きいのではないかなと感じさせられた。



【 書く脳部位 】

 書くための脳部位、喋るための脳部位、聞くための脳部位は全て違う部位が司っているという話を聞いた。だから喋るための脳部位をたくさん使っていても、書くことは上手くならない。お喋りは上手にできるのに、書くのはめっきり苦手という人を何人も見たことがある。それも同じ原理。

 じゃあどうしたらそれは鍛えらえるのか。それは書く訓練を積み重ねていくしかないらしい。何度もなんども書いていき、その脳部位や脳神経回路を太くしていくことしかないらしい。(詳しくはDAE代表、脳マニアの青砥くんへ)

 それを証明しているのが、メンバーの方々の振り返りの投稿。この振り返りを見ていて、心底「この会をやっていてよかった」と本当に思った。皆それぞれが自分のことと紐付けながら、今日の学びを振り返っていて、めちゃくちゃ面白かった。同じ4時間を過ごしていたはずなのに、それぞれの経験、考え方、観点が違っていて、アンテナが立つところも違う。それらを見て、また自分自身も学びをもらえる。ここに来る人たちって本当すごい!そして皆確実に前よりも振り返りの質が高まっていて、そこに成長を感じられることも嬉しい。

 いつも言うことだけれど、何事も1回で変わることなどあり得ない。続けてみて、試行錯誤を重ねて、たくさんの失敗を重ねて、身についていく。即時的な効果はあまり期待できない。だからこそ、そこをGRITできる情熱が必要なんだと思う。それを参画者の皆さんから見せていただき、自分自身の情熱の充電ができたように思う。



【参画者の振り返りから】

投稿してもらっている振り返りからの学びを載せる。

 

ーハリボテみたいなプライドを持った大人より、自分の感情に素直に生きている子供っぽい大人の方がかっこいいと思うから。

 

→すごく共感した。自分が子供っぽい大人だからこそ、かな。感情を大切にしたい。



ー前にも思ったけれど、この伴走の温かさや、継続の心地よさ、振り返って自分の変化に気づける楽しさに、子どもたちを放り込みたい。

「学ぶって楽しい」。大空小の元校長が同期から定年間際に聞いて大切にしている言葉だが、その通りだと思う。この楽しさは「死ぬ1秒前まで自分は変わる可能性がある」という楽しさだといったことを言っていた。

今日は、特にそう思う。好きだなって思えるみなさんに会って、その影響で自分が変わる。その自分を生かしていくことを担当している自分がなんか嬉しい。生きる喜びってやつだ。

 

→これぞ生きる喜び。子供が学ぶ楽しさを味わう前に、まずは先生がそのサイクルに入らないと。そう思ってこの会をやっているけれど、その仲間が一人また増えたことが嬉しい。



ーあの時のモヤモヤを消化したと思っていたけれど、ただ単に取り繕ってなかったことにしただけだったのかもな、と蓋をしていた気持ちに思わぬタイミングで気がつけた。

 

→自分の過去と重ねた。自分も過去を否定しながら生きているけれど、それはただ単に蓋をしていただけなのかもしれないとこの投稿から気づかされた。

 

ー個人的に驚いたのは、日々目にしているプレゼンとのスタイルが違いすぎて、理解が追いつかない場面が多々あったことです。会社ではザックリと 背景→課題(目的)→解決策(施策)→効果(結果) の順に、必ず具体的な数字を交えながらプレゼンを作っていおり、メインの課題解決の為に施策があるという部分は絶対にぶらさず、また、効果測定は誰がどう見ても同じ答えになるようできるだけ再現性のある方法(=数字)を選びます。結果の解釈はコップに水が半分入っている問題のように人よってバラツキが出ることもありますが…。

親しみ慣れた方法で話されないと、それを理解しようとするあまりに他の思考がストップしてしまう自分を新たに発見しました。

 

→これはある意味、教育現場の課題感を表していると思った。誰が見ても同じに「しない」ようにしているのではないか。結果の解釈のバラツキの前に、客観的なデータにすることにも教育現場には弱みがあると思っていて。こういった企業目線がものすごく刺激的だった。







何かを続けることってすごくモヤモヤするんだけれど、それってとても楽しいことで。

その先にはもっとワクワクするようなことが待っている。

そのモヤモヤを楽しんで向き合って、続けられたら、その先のワクワクをつかみとることができる。

だけどモヤモヤを楽しむことってそんなに簡単なことじゃない。だから一緒に学ぶ仲間が必要。

そんなことを感じさせられる会でした。

何かモヤモヤした時に一緒にシェアできる仲間がいるって素晴らしいことです。

 

昨日は午後もあり、1日学びづくし。

休日の1日、快く送り出してくれて娘たちの面倒を見てくれた妻に感謝感謝。

家族なしに今の自分はありません。



7回を重ねましたが、毎度この会のワクワクが増していきます。

第8回、次回は8月6日(日)AMです。

共に学びませんか。