小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

学び場の形って3つある 【メンター・ファシリテーターどちらがいいの??】

昨日友人たちとのディスカッションをしていた

 

自分のネガティブな感情がやたらと高ぶっていく

どうして?

そうするとどうも学び場の形についての考え方の違いがあるようだ。

 

 

学び場の形って、大きく分けて3つあるように思う。

1 メンター型

2 フラット型

3 ミックス型

 

 

1 メンター型

ある強烈なメンターがいて、そのメンターの元に集まって学ぶことをする学びの場。

そのメンターの手法や、考え方が強く反映される。

集まるフォローワーが実践を持ち寄り、そのメンターがコメント・評価すると言う図式だ。

 

これは何よりも、このメンターが学び続けている・実践し続けているからこそ、自身をブラッシュアップし続けられる。

自走ができるいわば「カリスマ」と呼ばれる人がメンターとなることが多い。

その周りのフォローワーは、そのブラッシュアップを続けるメンターに磨かれることで常にブラッシュアップされるという構図だ。

 

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2 フラット型

ここでは1のようなメンターはいない。互いが自分の学びを持ち寄り、ディスカッションを通して学んでいく形。

「教えるー教えられる」という関係ではなく、「共に学ぶ」というスタンスで行っていく。

 

ともすれば、1のメンター型のような明確な「答え」は教えてもらえられないから、「行って何の意味があったの??」というような感覚に陥りがちだ。

だけど与えられるのではなく、自分で獲得した経験や知識は自分の根底を作るモノとなる。何より自己で学び続けることをしていかなくてはならない。

そこにこそこの学び場の価値がある。

 

だけど、これには時間がかかるから待てずにやめてしまうことが多い。

 

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3 ミックス型

ともすればその人がメンターとなって、講座を作れるような人が、ファシリテーターになって行われることが多い。

その人が様々な種類のメンターを呼んで、そのファシリテーターと一緒になって学んでいこうという形。

 

この会には1のメンターの要素もあるし、2のフラットの要素もある。

そこの間を繋ぐのが、強烈なファシリテーターである。

 

このファシリテーターは推進力がありいろいろなことを起こしていき、船頭となれる。人脈もあり、メンターを呼ぶこともできる。

かつ

奢っていなく、たくさんの人から学ぼうとする姿勢を持ち合わせている。

 

 

それぞれの場のデメリット

1 メンター型
  • メンターが絶対視される 行き過ぎると神格化される
  • 互いの考えを言える雰囲気でなくなり、ディスカッションが生まれにくい
  • 自分に紐づいていない方法をそのままやってしまう可能性がある
  • 「誰が一番メンターに従事できるか」というフォローワー内でのヒエラルキーが生まれる
  • 結果、ついていけないものは淘汰される
  • いつもGIVEされることになれてしまい、TAKER思考が強くなる。
2 フラット型
  • 互いを認め合って、みんないいねという話をして終わりがちで、明確な次へのアクションがなかったりする。
  • 柔らかく安心できる場ではあるけれど、なあなあな関係になりやすく、核心に迫ることが少ない
  • (上記2点にも関係あるが)互いがTAKER思考でいるから、なかなかGIVEできないことが多い
  • 結束が緩やかであるがゆえ、脱落・取りこぼしも多い
3 ミックス型
  • 上記の1、2どちらのデメリットの要素を含むことが起こりうる。

 

 

 

さてどれが一番いい形なのか?

その答えはないだろう。

どの場にも価値があり、学びはある。

それぞれの場の価値を明確にした上で参加することが、学ぶことを促進することになるだろう。

そんなことを考えた朝だった。

 

さて、今日もプール当番行ってきます。