小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

24時間テレビを見ると、宿題の恐怖を思い出す 【宿題って本当に学力上がるの?】

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24時間テレビ

 

この時期がくると夏の終わりを感じる

 

これを見ると、小学生のころ夏休みの宿題に本腰になったのを思い出す

 

めちゃくちゃ大変だったなぁ

漢字ドリル・計算ドリル・自由研究・読書カード・生活カード・観察カードなどなど

 

要領が良い方ではないので、毎年恒例の最後3日の追い込み

毎年勉強が嫌いになっていったよ

 

昨日ズボラ母さん(全くズボラじゃない)の記事を見て、この経験を思い出した

vt-maguna.hatenablog.com

 

さて、先生になって。

同じことをしている自分がいる

 

大量の宿題

 

これで得られるものはもちろん大量にあるだろう。

特に基礎基本の徹底が言われる。

学力学力と言われている昨今だから、出さないと出さないでそれに対して要求が来たりするだろう

 

だけどふと思ったのは

宿題を出すと学力が上がるという神話は立証されているのか

という問いである。

 

 

 それに興味をもち調べて見たら興味深い記事が。

 

そちらにはこんなことが書いてあった。

宿題の平均的な量と学業成績との間には何の相関も見出されなかった3のであった。例えば、ベーカー教授が指摘しているところによると、日本やチェコ、デンマークといった生徒の成績が高い国(TIMSSの成績上位国)の多くでは宿題はそれほど出されていない一方で、タイやギリシャ、イランといった生徒の平均的な成績が極めて低い国(TIMSSの成績下位国)では宿題の量はかなり多いということだ。

 

日本少ない方なのかよ!?

という驚きは置いておいて。

 

学校が生徒に課す宿題は貧困層の家庭(の親)にとってとりわけ重い負担となる可能性が指摘されている

 

ドリルとしての教科書やワークシートの質問の割り当ては、ドリルと暗記の練習を支援するのに役立つ家庭環境を子供が持っていることを前提としている」と教育准教授のGerald K. LeTendreは指摘する。 (リンク先より)
 

 

よく目をかけられる裕福な家では、それを意義あるものにすることができる。

しかし、その環境が整っていない家では、家庭からの支援が十分にできない。

つまり格差を助長してしまっている側面も見逃せない。

 

子供たちは学校で6時間に及ぶ勉強漬けの時間を過ごす。学校が終わって家に戻ると彼らを待っているのは宿題の山。宿題を済ますためにさらに4時間が勉強に費やされるのだ。しかしながら、子供たちの知性(intellect)がそのようにして育まれることなんてあり得ない。自然の摂理を人間の手で好き勝手に変えることなどできないのだ。痛ましいまでの努力を尽くした末に子供たちは(まるでオウムのように)数多くの単語を復唱する術を身に付けるに至るかもしれない。しかしながら、宿題の山を片付けた後の子供たちの脳はすっかり消耗しきっている。そんな子供たちが学問を真の意味で理解して自分のものにする(学問の蘊奥を極めるに至る)ことなどあり得ない。現状の教育システムは子供たちの肉体ばかりではなく、いやそれ以上に彼らの知性を衰弱させる効果しか持っていない。

 

ここに一番納得してしまった。

つまり、日々の宿題も、夏休みの宿題も。

こなすことに精一杯になってしまって、それ以降の創造性や学びを楽しむフェーズに入っていけていないのではないかということ。

 

夏休み前に配られる手紙で

「夏休みには時間があるので、普段できない経験をしましょう」

 と手紙に書いてはあるが、

普段やらせていることをさらに量を増やしてやらせているのは誰か?

学校だ。

 

ここに言動の不一致が生じていないか?

 

いっそのこと

夏休みの宿題は何もなし!

夏休みの宿題は自由研究だけ!

 

にしてはどうか

 

こういう時間がある期間だからこそ、自分の好きなことに没頭して、そこからの学びを楽しむっていうことをして欲しいんだけれどな。

 

別にゲームからだって、キャンプからだって、スイカ割りからだって、プールからだって、自由研究はできるはず。

 

そんなことを悶々と考えている日曜日の朝。