小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

当たり前に有難う 【昨日の景色は違って見えた】

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昨日の一日

朝5〜8時で職場で仕事

溜まりに溜まった事務処理を片付けまくる

 

8時に帰宅後洗濯物を干す

 

9時から娘の予防接種

 

10時から近くの公園へ行く

その後買い物へ行き帰ってくる

家に入る前に水遊びしたりして。

 

そして妻が作ってくれたパスタに舌鼓を打ち

 

午後は娘の習い事と地域のお祭りへ。

天丼をたいらげ帰宅。

そしてゆっくりと過ごす。

 

 

 

 

 

そう昨日はなーーんにもない、普通の一日

 

 

 

 

だけど、何だか特別な感じがしていて。

 

洗濯物を干すときに腫れていると嬉しいこととか

娘を抱っこしている重さを感じることとか

砂でお山を作ったりトンネル掘ったりやりとりしたりすることとか

水遊びで下の娘が顔にかけても泣かなくなったこととか

買い物にいって重い野菜ばかり買ってしまったのに下の娘が駄々をこねて抱っこを要求して来てイラっとしたこととか

娘たちが昼ごはんも夜ご飯も貪りつくように食べてくれて嬉しかったこととか

せっかくお祭り来たのに下の娘は寝ちゃったこととか

そういう自分もお昼ご飯後に30分くらい昼寝していて、その時間がとてつもなく気持ち良かったこととか

 

 

 

こういう当たり前が自分にはとても今大切で。

 

 

 

それはもしかしたら、非日常を体験したからこそえられる感覚なのかもしれないし

もしかしたら、自分の命の無常さを感じたからなのかもしれないし

捨てるようになって自分が本当に大切にしているものが家族と気づいたから認知できたのかもしれないし

 

 

とにかく

晴空の下でゆれる洗濯物とか

家の前で生い茂ってるオリーブの葉が揺れる姿とか

泣いたり笑ったり、食べたり寝たりぐずったりする娘とか

日に日に大切さを増して行く妻とか

ふと足を運べる公園や地元の街とか

挨拶ができる知り合いの方とか

 

こういったことが当たり前に目の前にあることが本当に幸せなんだとそう実感した

 

 

仕事が忙しかったり

自分の周りが物だらけでせわしなかったりするとそこに気がつけない

何が大切か。をいつも見つめられる 感じられる人でいたいな。

 

 

当たり前に有難う