小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

ボーリングとかけまして、小学校の先生とときます【 パッチワーク 】

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昨日ボーリングに家族で行った

久しぶりでとてもとても楽しかった〜

 

2人の娘はまだ充分投げられないけれど、跳ね返りシステムでガーターなく楽しめる

いやあいい時間だった

 

妻はボーリングが上手い

元ソフトボール部ということもあり、しかもピッチャー

運動神経抜群なので、まあ綺麗な投球フォーム

 

だけど昨日は上手くいかなったみたいで、絶不調。

 

その時にボールを変えに行った

 

この経験ありませんか?

調子悪い時に僕も変えに行くことしばしば。

自分の気分転換だったり、どうにも上手く行かないきっかけを作りたくて。

 

ボーリングでまっすぐ一番ピンに当たらない

上手くフォームとマッチする感じがしない

指の抜け感が上手く行ってない気がする

 

だから重さを変えたり

指の穴の大きさを調整したり

なんかワクワクする模様や好きな色のボールに変えてみたり。

 

本当はボールの方に原因があるのではなく、自分の方を調整していかならければいけないのに。

 

これって教室の先生と同じだと思った。

 

 

何でもいいが、とある先生が、例えばAと言う有名な実践をするとしよう

(例えば百人一首とか指名なし討論とか、ほめ言葉のシャワーとか何でもいい)

 

最初は上手く行ったり、上手く行ってもそれが続かなかったり。

 

そうすると、その実践のAに対して違和感を覚える。

これじゃないのかもしれないと思って、違う実践Bに変える。

最初は上手くいきそうな感じがしたんだけれど、また上手く行かない。

じゃあ今度はCと言う実践を・・・・・・

 

 

ボーリングの球を変えるように
本当は自分の問題なのに、ボーリングの球と言う「実践」をかえることで解決をはかろうとする


小手先をかえようとしても、自分を知らなくちゃ
自分に合うボールはどんななのかを知らなくてはいくら試しても仕方が無い


そもそもじぶんのありかたを定める方が大切じゃ無いかな
もしくは自分自身のちからを高めることの方が大切

 

もちろん自分に合うボールをたくさん試して見つける方法もある

けれど、どんなボールでも僕は変わらないと思う

 

自分のあり方を定めてから、自分を見つめてから

それから道具(実践)を決めたらいいじゃないか。

 

岩瀬先生のこの記事が頭から離れない

パッチワーク

iwasen.hatenablog.com

 

これが自分の中での最大の課題感だな

学び場を続けて行くことのモチベーション

 

昔の自分は根拠もなくボールを選んでいた

コロコロとボールを変えていた

すぐボールが自分に合わないと嘆いていた

同じボールを投げ続けることが苦手だった。

 

 

でも今は同じボールで投げることに心から納得している

だから続くし、上手く行かなくてもそれは自分のせいにできる

だから改善しようという気持ちも生まれる

だから成長も実感できる