小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

【 自分の見えてる世界ってめちゃくちゃ狭いことに気がついた 】という話。

昨日はDAncing Future Learner #11 でした。新しい社会人ゲストの方3名、継続的なゲストの方3名、継続発表者の方5名という会でした。新しい風も吹きながら、かつDAFLの良さも垣間見られた会となりました。
昨日も皆さんとのディスカッションの中でたくさんの学びがありました。ありがとうございました。

◯ウニャウニャ期
新しく何か始めたり、変わろうとする時って、どうもウニャウニャ期というものが存在するらしい。ハタから見ると軸がブレてたり、「どうしてその人のもとにつくの〜!」みたいなことがあるみたいです。そんな体験を多くの人がしていて、そんな時期があることさえ知らなかったから、目からウロコが数枚落ちました。
でもどうもそれも成長過程の証拠で、最終的には収束に向かうみたい。
自分も今そういう時期なのかもと思いました。DAFLで言っているモヤモヤに近いのかな?
モヤモヤもそうだけれど、きっと自分がそういう時期って気づけるだけで救われたり、肩の力が抜けたりしていくのではないかな。そう思っています。そういう意味で、皆さんとの人生を重ね合せるこのディスカッションは、自分のロールモデルを予見できる機会になりえるなと感じました。


◯自分の理想と周りの理想
昨日の発表者の方で、Aという姿を理想としている方がいました。だけど、周りから見たその方はBの方があなたにあっているでしょ!というディスカッションになった時にまとめてくれた話が大変興味深かったんです。
自分にしか知らない自分がいて、一方で周りの人しか見えていない自分がいて、どちらもありそう。確かに自分も多くの気づきをもらえるのがこのDAFLという場で、自分が見えていない「自分」を見つけてくれることは多々あったなと思い返しませた。
そういう「自分」を知れる場。「自分」をメタ認知させてくれる場がこのDAFLなんですねという言葉をいただいたときには、ああ〜なるほどととても腑に落ちました。
ゲストの方が帰り際に。人のあり方を見て自分のあり方を考えさせられる、というような趣旨のことを言っていたんだけれど、それってつまり自分の人生を重ねて、そして自己を内省しているのかななんて考えました。
11回目にしてそういうことに初めて気がつきました。言語化されると一気に体の中に浸透していきます。
知識(言語)と体験が結びついた瞬間の気持ち良さをまた味わわせてもらいました。


◯結局は全て人が作る
新しく来てくださった社会人ゲストの方に「どうして教育に関心があるんですか?」と質問したら言っていた言葉です。
どんな企業にいようと、どんな仕事をしていようと、結局は仕事をしているのは人で。サービスを作って提供しているのも人で。そこには人が関わる以上、教育って全ての原点だというお話を伺ったときに、「そうか」と気づかされました。何も教育現場だけで教育は行われているわけではなくて、家庭はもちろん、社会でだってもたくさんの「教育」って行われているんだと気づかされました。社会人の方からしたら当たり前の感覚なのかもしれないけれど、教育業界にどっぷりはまっている自分からしたら、ちょっと新鮮な感じでした。そうだから「教育」って言葉は多くの人が自分に置き換えやすい言葉なのかもしれないと思いました。


総じて、DAFLって主観っていかに物の見方が狭いのかを感じさせられる場であり、自分が見えていない世界や自分を見させてくれる場なんだということを感じさせられました。ありがとうございます。また多くの気づきをいただきました。


次回は10月8日(日)AMです。12回のDAFLの最終回です。
この会では、発表者の方もゲストの方も、一度でも今まで来てくださった方に15分ずつお渡しするので、今までの会で学んだことを俯瞰して見ていく会にします。
自分の中での学びをリマインドし、またその学びを言語化していくことで、さらに自分のものにしていく。そんな過程を互いに楽しめる会になればと思っています。


ご興味ある方は一緒に学びましょう〜!


午後は先生の学校へ。それはまた後日レポートさせてもらいます。