小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

先生だって 【 イワカンは不信へ 】

僕たち先生は、子供達に指導をする。

 

何十年か「先」に「生」まれたから、偉いみたいだ。

 

子供達は基本的に反発しないようにしつけている。

ちょっとでも反発しようものなら、そこに対して集中攻撃。

 

「何だその態度は!」

 

という必殺技を使って、黙らせる。

 

最終カードは「先生」という権威を示すことだ。

全てそれで通すことができる。

 

 

でもそれって子供達は納得しているんだろうか?

「先生だって・・・」って思っていることないだろうか?

 

例えば

 

整理整頓をしっかりしなさい!

と言っておきながら、先生だって

自分の机の上はグチャグチャ

 

 

掃除をしっかりしましょう!サボるのはいけない

と言っておきながら、先生だって

掃除をしたりしなかったり。

 

 

いじめはいけない!絶対許さない!

と言っておきながら、先生だって

職員室で陰湿ないじめをする

 

 

宿題をきちんと出しなさい!

と言っておきながら、先生だって

子供との約束や締め切りを破る

 

喧嘩したらちゃんと謝りなさい!

と言っておきながら、先生だって

自分の間違いを認めようとしない

 

字は丁寧に書きましょう

と言っておきながら、先生だって

自分の板書の字が雑

 

 

 

 

 

 

 

先生の中に、自己矛盾がある

今自分で書いていて、自分の耳が痛い

 

子供達にだって「先生だって」という気持ちって絶対あって

それを先生は高圧的な態度で蓋をしがち。

 

できないことはできないときちんと示すことが大切だと思っていて。

先生だって失敗もするし、忘れることもあるし、うまく行かないこともある。

だから子供達と補完しあえるんじゃないのかと思っていて。

 

完璧でいようとするとかえって不信感を煽るという。

 

だから僕は子供達をよっぽどのことがない限り責めたくないし、責めようとも思わない。

子供の失敗は基本聞いて終わり。

命に関わることと、繰り返していることには指導をする。

だけど、それ以外はしない。

だって先生だって、失敗した時にネチネチ言われるの嫌じゃない?

 

先生だって

先生だって

先生だって

 

その視点を子供の前に立つ時にはいつも意識していなきゃいけないな。

 

自戒の念を込めて。

 

 

今日苫野一徳さんのSNSを見ていて、この本が紹介されていて。

せんせいのつくり方 “これでいいのかな

せんせいのつくり方 “これでいいのかな"と考えはじめた“わたし"へ

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 そんなことを考えた休日の朝。

 

 

雨の中、休日出勤へ行ってきます。