小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

学級通信再スタート! 【 習慣と非習慣は紙一重 】

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昨日、久しぶりに学級通信を出した。

 

前回出したのは7月20日

昨日が10月24日

 

 実に3ヶ月ぶり。。。

夏休みがあったとはいえ、これだけ空いていたとは。。。

 

内容が充実しているわけではないんだけれど

どうして昨日書きたくなったかを書いて行く。

 

書きたくなくなった背景

 

ずっと心の中では学級通信を出していないことに負い目があって。

 

4月には毎日出していて、一気に4〜5月で30号近くまでいく。

去年が60号までだったから今年はどこまで行くんだと自分の中でワクワク。

だけれど、一度継続を途絶えさせてしまった。

 

そうすると心の中でこう囁いている自分に会う

「昨日も出してないんだしいいんじゃない?」

「見たくない親だっているよ」

「他に大切なことあるでしょ?学級通信はやらなくてもいい仕事でしょ?」

そんな囁きが、継続をやめた日数を1日、1日と増やして行く。

 

そのうち、いつの間にかやらないことがデフォルトになって行く。

 

こうなると、また書き始めることがものすごい大きい一歩になって行く。

毎日続けているととても簡単なことで、その仕事にアクセスしやすいんだけれど

たまにしかやらないことって、そこへのアクセスが急に難しくなる

 

例えば、このブログだってそう。

毎日続けているから書くことは苦ではないけれど、この頻度を「たまに」に設定した瞬間から一気にめんどくさいとの戦いになる。

あなたは何か今続けていることをやめた時に、そうならないだろうか。

 

習慣化と非習慣化は表裏一体。

そんなことに気づけた、昨日の学級通信だった。

 
書きたくなった理由

どうして書くことになったのか。

 

大きな一歩なんだけれど、以前はその一歩は自分にとってはなんでもない一歩だった。

だったら、まずは踏み出して考えてみたらいいんじゃない?

そう思った。

 

一歩目を踏み出してみることで見えてくるものがあるんじゃないの?そう思った。

最初は労力がかかるだろうけれど、そこにちょっと余裕がある今、向き合っておくと後々いいことがありそう。

だって学級通信はいいツールだと信じてやまなくて毎日出していた4〜5月の熱い気持ちがあるんだもの。

あの時の方がよっぽど忙しかった。なのにできていた。

だから今もできるはず。

だから一歩目を踏み出そう。

そんな感覚が自分の中にある。

 

 

こんなことをそのまま学級通信に赤裸々に載せてみた。

ご自身に置き換えてもらえるかも?という期待や

ああ先生だってモヤモヤするのね、共感!という期待をもっている

 

でももしかしたら

何言っちゃってんの?プロでしょ?という不安や

何言ってんのかわからない!という心配もある。

 

でもいいんだ。今日あるフィードバックにどんなことが書いてあるかをよくも悪くも楽しもうと思う。

 

そんな時にTwitterをのぞいているとこんな投稿が。

めちゃくちゃ参考になる

 

 

半年で260号。。。すごい。

人間は数に感動する。

継続したものに感動する。

 

もう一度その気持ちを新たにして、もう一度再スタート!

 

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自分の中の原点再発火システムを設計できたら最高なのにな。