小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

蟻の穴から堤(つつみ)も崩れる 【遠足での自分のあり方の葛藤】

昨日は遠足

 

電車に乗って行った

 

電車は混む

多くのお客さんが利用する

 

だから

車内では一言も喋らない

というルールを作った。

 

これはある意味不自然だ

普通だったら、楽しい遠足だから、「少しくらい」と思うかもしれない。

だけど、その「少しくらい」が積もり積もると、1車両はあっという間に子供達の声で充満し、居心地の悪い場所になる

 

一度「車内では一言も喋らない」というルールを作った以上

それはもう子供達との約束だ

(子供主体か教師主導かの話は置いておいて)

 

約束を守って信頼できる人になってほしい

それが私の一つの願いでもある

 

 

 

 

車内にいてずっと子供達を見ていた。

とてもよく頑張っていた

慣れない中を、喋りまいという意気込みでいた

 

だけど

 

数人の子が少し喋り始めた

僕にも聞こえないような声で。

それが少しずつ少しずつ広がって行った。

 

僕はいてもたってもいられず、その場で指導。

待てない自分が情けなかった。

 

行きの電車を降り、振り返って指導。

 

帰りは

 

さっきよりも頑張った子が増えていた。

けどまだ届かない。

徹底しきれない。

 

 

30人いて、全員が守ろうとしないとルールというのは守られたことにならない

「少しくらい」いいだろうというものからルールや約束は壊されていく

「少しくらい」が大きくなり、そして大きな穴へとなり、もうその頃には手遅れになる

 

蟻の穴から堤(つつみ)も崩れる

ということわざがあり

意味は

小さなことを見過ごすと、そのことが大事を引き起こすもととなること。小さな過失や油断を見過ごすと大事に到るたとえ。〈『韓非子(カンピシ)』〉 

 ということ。

 

そんなことが起こるクラスを作っている自分に、心のスキがあったのではないかと恐怖を覚えた。

 

そんなことを思って、非常に疲れた。

今日は4時50分起き。

 

 

レジリエンス

しなやかな心を持つことをいつも意識しているのに

昨日だけはどうしても許せなかった

 

なんでだろう?

 

一つの自分なりの仮説は、社会という場に出ているから、ということだと思う。

 

そう思うと、自分が教室でやっていることは社会につながっていないのかも

そんなことも思うし。

 

はあ

 

自分の中に葛藤があった。昨日は。

何しているんだろう。