小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

生きる呼吸を深くする 【書評:「人はなぜ学ばなければならないのか」斎藤孝著】

 先日図書館にてこの本を読んだ

 

自分の課題意識にぴったりとハマった本だったのでこれを借りた

人はなぜ学ばなければならないのか

人はなぜ学ばなければならないのか

 

賞味期限読書 7冊目

 

僕は「大人も学び続ける」ことが「子供が学びを好きになる」ことに繋がると思っている。

大人が学んでいる姿こそ、何よりも「勉強が必要だ」というメッセージになるからだ。

 

 

じゃあそれはなぜ?

 

 

そう言われると「こうだから」という考えを僕は持ち合わせていない。

 

だからここについてインプットしようと思った。

 

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いくつか印象的だったところを紹介する。

 

生きる呼吸が浅くなっている。すぐに見返りを持って得られる勉強しかしなくなっているということです。

中略

学ぶのが面白いからそれを学ぶ。諭吉はそうした見返りを求めない学びに没頭した時期が自分を育てたと語っています。

これに対し、見返りを早く求めすぎる現代の学び人間を小さくしてしまうと思います。

だからこそ生きる呼吸を深くするものが必要なのです。

学ぶことは、まさに呼吸をすることです。呼吸によって新鮮な酸素を取り込むことが身体に新たな活力もたらすように、学びは新たな自分を形作る材料をもたらします。。学んで新しい知識などを吸収することによって、自分が生まれ変わるのです。

 

冒頭の記述で、ズドーンときた。

そうそう。

インプットを入れ続けることで、新しい自分の考えが生まれたり、悩んでいたことが抽象化されたりする。それこそが学び続けることの意義だと共感した。

 

 

今の時代は身近な他者の存在がストレスの原因であることが多いと言えるでしょう。例えば、自分と他人を比べたり、他人から何か言われたりすることがストレスになるのです。

しかし上手に学ぶことで身近な他者ではなく、「遠くの偉大な他者」を味方にすることができます。

この「遠くの偉大な他者」とはソクラテスやゲーテをはじめとする偉人のこと。そんな偉人の言葉を学べば、非常に勇気づけられ、身近な他者のことが小さく感じられるようになります。 

 

わかるこの言葉。そうなんだよな。

学べば学ぶほど、今自分がいる世界や、自分が考えていること、悩んでいることは小さいことだったり、先人たちも通ってきた道だったりすることに気がつく。

そういうことを知っておくだけで、今いる環境だけに目が向きすぎなくなり、うまくスルーしたり、俯瞰して物事を見られたりするようになる。

 

僕には勝手に引用する人や、勝手に引用する考えがたくさんある。

それって学んでいるからで。見えないサポーターがいっぱいいる感じ。

 

そうかだから学んでいると、小さな悩みって減っていくのかもしれない。

自分の中にその感覚あるな。

 

それに関連した記述もあった。

 

学びの基本的な姿勢とは何か

「自分自分は自分だ」と主張している人はあまり学ばない人かもしれません。逆に、「自分は他者の総体である」とは言わないまでも、それに似た生き方をしている人の場合は、誰からでも学ぶことができます。 

 

そうだな、確かに。いい意味で「自分なんて」って思っている人って学んでいる人だよなあと思う。

 

さらにさらにこれものすごい共感。

学び続けていると、その学びの対象とした人たちが自分と繋がっているという「つながりマップ」のようなものができます。自分以外のものが素晴らしいことによって、それとつながっている自分を肯定できるようになります。そんな回路が学びにはあります

 

 怖いのは何か1つに凝り固まること。そうではなく繋がっているひとをいくつかに分散できれば、それらが複線化して支え合い、自分の安定感を高めてくれるのです。

 

自分の考えを後押しをしてくれたり、肯定してくれる人がこの世の中にいるというだけで、自信が持てたり安心できることが挙げられます。

だから僕は、複数のコミュニティで学び、色々な本を読みたい!と思えるんだな。

 

自己を肯定してくれる人を求めているのかもしれない。

このブログだってきっとそうだ。

 

 

学びの習慣化する方法はあるか

学ぶことを習慣化し、その内容記録することが積み重ならるとどうなるでしょう。誰でも学ぶという心の働きを軸にして人生を増していくことが可能であることに気づきます。

すると、人はどんどん人生の孤独にも耐えられるようになります。

中略

学ぶことを身につけていると、自分らしくいられる静かな時間や孤独が、むしろ歓迎すべきものになるはずです。

 

これもとても納得。

周りに依存するんじゃなくて、学びを軸に生きているから、そちらに依存(いい意味で)することができる

だから僕は、思い切って捨てられる。

不快なものや、不快な付き合い、不快な時間、不快な出費

それらを捨てることができる

 

その際たる例が、飲み会。

行かないと断ったときは、後ろめたい気持ちもあるが、それは一人になると解消される。

 

 

 

 

読んでいて、今までの自分の学びを肯定してくれたり、価値づけたりしてくれる本だった。

素晴らしい本に出会うことができた。

 

図書館の本の出会いは、絶対出会わなかったであろう本と出会えて、その偶然性が好きだ。

 

 

今日も学ぼう