小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

「家族ぐるみ」について考えた 【「無理」と居心地】

家族ぐるみ

 

僕が若い時に憧れたものだ

 

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将来家族ができたら、みんなで連れてきて一緒にスノボしようぜ

キャンプしようぜ 旅行も行こうぜ

そんな約束をしたもんだ

 

仲のいい友達

気のおけない友達

 

僕にも数人そういう奴がいる

 

そいつらと一緒にすごす時間はとても楽しい

お互いがどんな奴かとわかっているし

どんな話題が笑いを誘うかもわかる

一緒にいた時間の思い出もあるから話題も豊富

 

 

だから

そういう奴らの家族と一緒にいることもイコールで楽しいと思ってた

 

だから

家族ぐるみに憧れた

 

 

 

 

 

 

 

だけど

それぞれ家族を持つようになり

一緒にその家族ぐるみを実現すると、思い描いていたものと違う。

 

 

 

それぞれに妻を持つようになり、子供を持つようになり。

価値観は多様になる。

妻からの視点、子供からの視点。

僕らが一緒に時間を過ごした時の考え方とは全く違うものになっている。

これは当たり前なことで。

僕もめちゃくちゃ変わったし、みんなも変わった。

 

 

だけど、思い描く理想の家族ぐるみは、20代の時のままなんだ。

「家族ぐるみをみんなでやりたいなあ」

そういった希望を描いた時のままなんだ

 

 

だからスゴくギャップがあって、

理想と現実のギャップ

 

 

この集まりをすればするほど、なんか嫌なところも見えてきたりして

そう見ている自分が嫌だったりして。

 

 

だから僕は昨日の夜考えた

 

 

大好きなこの人たちとは、家族ぐるみで会うのはやめよう

 

大好きな人たちを大好きなままでいたいから。

 

 

形を変えよう。

 

 

家族ぐるみは大人数で叶えるものじゃなくたっていいはず。

少なくとも昨日のコミュニティは適しているかというと違うと思う

 

 

夕方スーパー銭湯の中で、疲れた体を癒しながらそんな決心をした

 

 

みんなが何かしらの「無理」をしているコミュニティは居心地が良くない

その「無理」を「無理しているのに」という気持ちになってしまったら、もうそこにいる時間が面白くない時間に変わってしまう

その「無理」をも楽しめるようなコミニュティならいいんだけれど。

 

互いが互いに「無理」を感じて、「無理」が「無理」を呼ぶ

そうするとどんどん居心地が悪くなる

安心感もなくなる

そんなコミュニティならやらない方がいいな。

 

 

僕は自分の好きなことに時間を使いたい

だからやめるものはやめる

 

そうしないと、好きなことに時間を費やせない。

 

好きな人と好きな形で過ごすことを意識的に設計していく。

時間は有限だ。

「無理」なく居心地がいい時間を作りたい。