小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

「師匠」からの年賀状 【も】

あなたの「師匠」と呼べる人は誰ですか?

 

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僕にもかつて「師匠」と読んでいる人がいた

 

その方は、僕よりも10個も上の年の人

 

教育実習の時に知り合い

そこから教室になんどもお邪魔したり

一緒に飲みにいったり

おうちにはしょっちゅう遊びに行ったり

ゴルフを教えてもらったり

一緒に勉強会を開いたり

セミナー講師のお手伝いとして連れ出してもらったり

普段会えないような人と会わせてくれたり

キャンプ(野外活動)を一緒にしたり

PA(プロジェクトアドベンチャー)をしたり

 

たくさんのことを教えてもらった。

今思えばかばん持ちとして本当に多くのことを教えてもらっていた。

こうやって書き出してみると、今の自分の礎になっていることが結構多い。

 

 

ただ、僕に子供が生まれてからはめっきり会えなくなってしまい、断るばかり。

 

そこからぼくの「師匠」とはもうすっかり距離を取るようになってしまった。

 

ただ、それでも続けてきたことが一つだけある。

 

それは、年賀状のやり取り

 

毎年、ほんの一行だけメッセージをくれる。

結構ツンデレの人だから冷たいメッセージが多いけれど

だけど核心をついている。

 

数年前に書かれたメッセージ

 

「出ぬ杭はどうなる?」

 

これだけ書いてあった。

 

「師匠」は

出る杭は打たれる、出ぬ杭は腐る

をずっと言っていた人で、それを思い出させてくれた。

 

このメッセージは僕を奮い立たせてくれた。

 

他の年にはこうも書いてあった。

「Take Action!」

その時の「師匠」の学級の大切にしている言葉だったんだけれど

自分は子供が小さくて何もしていない時だったから、やたらと響いた。

 

 

だから今年はどんな風なメッセージをもらえるんだろう

そんなことを考えながら、待っていた。

今年の年賀状にはこう書いてあった。

「これからも頑張ってください」

 

なんだか寂しかった。

ちょっとじっくりこのメッセージに込められた意味を勝手に解釈してみた。

今までのメッセージとの違いは?

そう問いかけると決定的に違うところがあった。

 

今までは腰を上げていない自分への言葉だったけれど、

今年は、行動を起こしていることに対して、励ましてくれている!

これから「も」

見ててくれているんだ!

そんな気持ちが湧いてきた。

 

「師匠」は

そんなつもりで書いたんじゃねーよ!

とか言いそうなんだけれど、

僕には、そう受け取れる。

いや絶対そうだ。

 

会えなくなってしまったけれど、「師匠」は未だに「師匠」で

本を出したり、テレビに出たり、メディアにもバンバン出てたり

いまや教育界を賑わせている存在だけれど

僕はこの人の「弟子」なんだなあと感じさせられた年賀状のやり取りだった。

 

 

「師匠」の活躍、今でも見ていて応援している。

初めてあった時の「師匠」と同じ年になった今

あの時の「師匠」はどんなことを考えていたんだろう。

何が見えていたんだろう。そんなことを思わずにはいられない。

 

今年「も」頑張ろう。