小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

小学校教員、元ラガーマン。娘2人の父のふたせんが、朝3時に子供の育ちや自己の成長を記すブログ。自分を成長させたい。

「勉強」が嫌い 「学び」が好きだ 【 対話の中での気づき 】

最近、仲間とのやりとりや、お礼のメールをしていて気がついた

 

対話はやっぱり気づきをくれる

 

 

僕は「勉強」が大嫌いだ。

 

 

別にできなかったわけじゃない。

 

でも小学校時代の授業は全く覚えていない

授業で楽しかったのは、理科の実験で唾液を試験管に入れたときくらい。

 

それ以外で小学校時代覚えていることと言ったら、

・サッカーを小4まで頑張ったこと

・校庭で雪合戦をしたこと

・家庭科の時間に長野オリンピックのジャンプを見たこと

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・卒業式練習での先生の一言

・ポートボールでたくさん褒めてもらえたこと

・F先生のおきまりのギャグ

・居残りさせられたこと

・音読の宿題を毎日、どうごまかすかで工夫したこと

・産休代替の先生が泣いてしまったこと

・産休の後の先生が2人変わったこと

・掃除の時間、大黒摩季の「あなただけ見つめてる」の間奏に空耳があって爆笑してたこと

・たかしくんに通学路でカチコチに固められた雪を投げられ、鼻血を出したこと

・4年生のとき、見ず知らずの6年生の似顔絵を描くという苦行がありしんどかったこと。

・その教室で、6年生たちがリラックスさせようと?スピッツのハチミツのアルバムをかけてくれて、それが妙に大人な対応だったこと

・校長室の前で、下学年が生意気な口聞いてきたから、殴りはしなかったけれど、思いっきり叩いたら校長先生が「こらこら」と止めに入ったこと。

・図工の絵が選ばれて校長室に飾られてたこと

・牛乳キャップをお金にしてお店やさんをしたから、一気に牛乳キャップの株価が急上昇したこと

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今残っているのってこれくらい。

全部アクシデントなことというか、非日常なことばかりだな。

 

 

授業のことなど微塵も覚えていない。

でもきっと僕を受け持ってくれた昔の先生たちは、すごく授業頑張ってくれてたんだと思う。

勉強になるように。って一生懸命やってくれたと思う。

 

 

全く覚えていない。

教師は一生懸命。

 

 

このギャップが馬鹿らしく思えてきてしまって。

 

なんか授業にかければかけるほど、そのギャップは大きくなるだけな気がして。

だからかな。「勉強」が好きじゃないのは。

だからかな。「授業」に苦手意識があるのは。

 

 

そんなことを、仲間との対話の中で気づかされた。

メタ認知してた。

 

 

じゃあ僕はどうして先生をやっているか?というと

 

「学びの楽しさを知ってしまったから」かな。

 

大人になってから

こんなにも本を読むことが楽しいことを知ったし

こんなにも人と話をするのがワクワクすることだと知ったし

こんなにも発信することができることの幸せを知ったし

こんなにも人と繋がれることの喜びを知ったし

 

学びって一生続くし、超楽しいんだよ!

それを伝えたくて先生やってる。

 

 

僕は「勉強」が嫌い

僕は「学び」が好き

 

子供達が大人になってから「学び」をしたくなる原体験をさせる

それが一番やりたいことなのかもなあと

ブログ書きながら考えた。


ちょっと今仕事を続けるかどうかとか考えてるんだけれど

じゃあ辞めて、別に何か他にできることなんてないんだけれど。

 

 

そんな話が頭の片隅にあるから、こんなことを考えちゃった。

 

 

てへ。